「この歳で派遣なんて、仕事があるの?」
「実際どのくらいきついの?」
そんな不安を抱える50代の方へ。
50歳目前で派遣の世界に飛び込んだ、私のリアルな体験をお伝えします。
この記事は、実際に派遣として働いた1年半の記録をもとに、当時リアルタイムで書いた8本の体験談をまとめたものです。
先に結論からお伝えすると、
時給1,270円という決して高くない条件からのスタートでした。
それでも私がこの派遣という働き方を通して得たのは、
お金の話だけでは測れないものでした。
正社員の肩書きを手放しても、自分の気持ちに正直に働く場所はある
——それが、この記事全体を通してお伝えしたいことです。

50代で派遣という働き方を選んだ理由
正社員という肩書きにこだわらなくなったのは、50歳を目前にしたタイミングでした。
それまでの働き方に区切りをつけ、あえて派遣という選択をしたのには、私なりの理由があります。
これからの人生において何を優先し、何を手放したのか。
当時の私の迷いと決断がここにあります。

事務職のはずが倉庫配属になった50代派遣のリアル
事務職のつもりで契約したけど、
実際の配属先は在庫管理を行う倉庫でした。
制服貸与のはずが、渡されたのはまさかの作業服。
——え? 事務員に作業服?
戸惑う私に返ってきたのは、
「汚れてもいいなら、着替えなくてもいいですよ」
という言葉でした。
仕事は、一点一点の材料を目視で確認しながら発注すること。
それだけではなく、
ときには納品された材料を棚へ運び、収納する作業もしていました。
6月から働き始め、間もなく迎えた猛暑日が続く夏。
倉庫の中は外と変わらないサウナ状態。
いやっ、むしろ外より暑いと感じるほどでした。
そんな環境で働くうちに、
あまりの暑さで、いちど熱中症になりかけたこともあります。
そんな過酷な洗礼を受けたのが、
私の派遣生活の始まりでした。


事務契約の50代派遣に外回りが打診された日
倉庫業務にも慣れてきたある日、突然所長に呼ばれ、
「外の仕事に変わってほしい」と告げられました。
「やってよ」
「いやいや…」
そんな押し問答が何日も続きました。
「そこの業務になり手がいなくて困っているんだ」と何度も説得され、心が揺れることもありましたが、情に流されて働くのではなく自分の気持ちを優先したい私は、
きっぱりと断るという答えを出しました。
YESのためのNOです。


50代派遣が契約満了で迎えた働き方の区切り
会社都合で契約が更新されないことは、派遣という働き方では決して珍しいことではありません。
最長3年という制限の中で、何度も契約更新という節目が訪れます。
つまり、
会社側は契約更新のタイミングで業務内容を変更することも可能です。
私の場合も、まさにこのパターンでした。
契約更新を機に仕事内容が変わることになり、
それを受け入れられず、
ひとつの区切りとして派遣先を離れることにしました。
「都合のいい駒みたい」と感じてしまいそうですが、
会社側から見れば必要な人員配置のひとつです。
これは派遣だけに限った話ではなく、
正社員でも部署異動があるのと本質的には変わりません。

契約が切れたあとに50代派遣がたどった次の一歩
契約が終わったあとの、次の仕事の紹介はすぐにはありませんでした。
それでも、
最後まで責任を持って業務を終え、
お世話になった方々へきちんと挨拶をして、
清々しい気持ちで会社を後にすることができました。
次の仕事は「未定」のまま――
この先どうなるのだろう
そんな思いを抱えながら迎えた契約終了。
でも、
その先で私を待っていたのは、想像もしていなかった展開でした。


1年半の派遣を通して50代の私が感じたこと
こうして振り返ると、最初の派遣先で働いた期間は1年半でした。
時給は1,270円。
希望していた1,300円には届きませんでしたが、
社会保険加入という譲れない条件を優先し、私はこの働き方を選びました。
倉庫での洗礼、外回りを巡る攻防、契約満了、そして「未定」と言われた日——。
一つひとつを振り返ると、私が大切にしていたのは、
お金や肩書きではなかったとあらためて感じます。
自分を正しい場所に置くこと
肩書きではなく、自分がどう在りたいかを大切にすること
そして、自分の人生にYESと言うためのNO
この一連の出来事を通して、
私が何度も立ち返っていたのは、結局この3つだったのだと思います。
50代で派遣という働き方を考えている方にとって、
この記録が少しでも参考になれば嬉しいです。
最後まで読んでくださってありがとうございます🍀
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