「月命日が来るたびに、まだ受け入れられない自分に気づく」——そんな方へ。
愛猫リアンの3回目の月命日に感じたことを、ありのままに綴りました。
3回目の月命日を迎えて
今朝はとても静かで、窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてきました。
こんな穏やかな時間に——ここにリアンがいてくれたら、と自然と考えてしまいます。
何気ないこういう時間こそが、一番の幸せだったのかもしれません。
今日は、愛猫リアンの3回目の月命日なんです。
あれから3ヶ月経ったなんて、正直まだ実感がありません。
むしろ時間が経つほどに、
この状況のほうが“おかしいんじゃないの?”と感じている自分がいます。
足が向かう場所
今日も母と一緒に、火葬をお願いした市営の斎場の慰霊碑へ行ってきました。

もうここにはいないと分かっていても、気持ちの行き場がなくて。朝9時という早い時間だったからか、人影もなくとても静かでした。
ふと駐車場の桜を見ると、花びらはすっかり散って、葉桜に変わっていました。あんなに満開だったのに。
季節は日々進んでいるのに、私の気持ちはあの日のまま取り残されているみたい。

時間が経てば経つほど、
リアンが今よりももっと遠くに行ってしまうような気がしてならないのです。
思い出にはまだ向き合えない
本当は、リアンとの思い出をたくさん語れるようになれたらいいのかもしれません。でも、今はまだそこまで気持ちが辿り着けていません。
思い出そうとすると、楽しかった記憶よりも先に「いない現実」が押し寄せてきてしまって。だから、まだうまく言葉にできないままです。
これからのことがまだ見えないまま
退院した後の生活を想像することばかりで、その先のことは何も考えられていませんでした。
これからどう過ごしていけばいいのか。何を支えにしていけばいいのか。分からないまま、ただ日々を過ごしています。
それでも、待ってしまう
「なんでいないの?」そんな気持ちが、何度も込み上げてきます。
いつもなら、少し待てば「ニャーッ」と鳴きながらそばに来てくれるのに。分かっているはずなのに、今日もどこかでその姿を待ってしまう自分がいます。
同じように、大切な存在を見送った方へ。
この気持ちは、きっとすぐには消えないものなのだと思います。
それでも、
少しずつでも、
自分なりのペースで
向き合っていけたらいいと感じています。
最後まで読んでくださってありがとうございます🍀
あわせて読みたい




