今年初の夏日を観測した地域があるほど、
今日はぽかぽかとした一日でした。
ぽかぽか陽気と動いた重い腰
こんな日はもう、言い訳ができないくらいの“衣替え日和”。
わかってはいるんです。
4月ともなれば、真冬の装いはもう出番がないですもんね。
なのに――
なぜか、そのままにしていたいと思う冬物たち。
ダウンジャケット、
くたっとしたニット、
厚手の靴下。
そのままにしていたいと思いながらも
重い腰を上げてこれらを仕舞うことにしました。
私なりのクリーニングに出さない理由とは
衣替えといえば、クリーニング。
きっと多くの人が
「まとめて出す派」なんじゃないかなと思います。
でも私はというと――
どうしても、あのクリーニング代を考えるたびに思うんです。
「これ、自分で洗えたら最強じゃない?」と。
そんなわけで、服を買うときの基準はシンプル。
✔ 手洗いできるか
✔ 自宅でなんとかなるか
と、この2つがかなり重要。
たとえ“手洗い不可”の表示があっても、
素材を見て「いけそうだな」と思えば――
最終判断は、だいたい“自己責任”。
ちょっとした賭けみたいなところ、あります。
クリーニングに出さずに自分で洗える服は最強です。

丁寧に…のはずが、全部洗濯機にお願い
今回洗ったのは、
・ダウンジャケット
・ニット
・厚手の靴下
ブログに書くくらいだから、
丁寧に手洗いしてると思いました?
……いいえ。
全部、洗濯機が洗ってくれました。
ネットに入れて、
おしゃれ着用洗剤を入れて、スイッチオン。
拍子抜けするくらい、いつもの洗濯と変わりません。
大変じゃないけど、やりたくない
冬物の洗濯って“全然大変じゃない”。
なのに――
やる前は腰が重い。
今年は特にそうでした。
「面倒だから」だけじゃない、
手をつけたくない気持ちがあって。
しかもそこに、
じんわりとした寂しさまで混ざってる。
季節が変わることと、戻れない寂しさ
リアンとの別れがあってから、
季節の変化を以前よりも強く感じるようになりました。
冬が終わることに、
あの時間も、
あの空気も、
あの温度も――
リアンが遠くに行ってしまう感覚があって苦しくなるんです。
できることなら、
何も変わらずにいてほしい。
このままでいられたらいいのに。
そういう気持ちがあるから、
冬物を仕舞うための選択をすることが
やけに重たく感じてしまうのかもしれません。
それでも前に進んでいく日常
季節は止められないし、
過去には戻れないし。
寂しさを抱えていても、日常は前に進んでいく。
洗濯機の中で回る冬物を見ながら、
「私の頭の中と一緒だな」って。
同じ記憶を何度もなぞって、
手離したくない気持ちと、
進まなきゃいけない気持ちが
ぐるぐると混ざり合ってる。
そして、ここからはリアンへ。
06:03 ☀️のち☁️
おはよ、リアン。
ご飯だよ、ごはん。
もう斎場にリアンはいないんだよね。
そう分かっているのに——
リアンのそばに行きたいって思うと、
どうしても足は斎場に向いてしまうの。
行っても、できることはひとつだけ。
慰霊碑に向かって、そっと手を合わせること。
それしかできないなんて。
逢いたい、リアン。
そっちの世界に行ったら、必ず逢いに行くから。
でもね——
もしできるなら。
迎えに来てくれたら嬉しいな。
ねえリアン?それくらい甘えてもいいよね?

最後まで読んでくださってありがとうございます🍀

